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นกอพยพในเอเชีย "Spike และโลกที่เห็นโดย Itou Dental" ฉบับที่ 2 Spike หยิบขึ้นมาและเป็นวันแรกของโปรใน Legers ที่ซื้อของเล่น "R Us

年賀状だけの付き合いではなく、毎年1回以上会う友人は何人いるだろうか?今回の主人公である伊藤壇さんとは16年前に出会い、毎年1回以上会っている友人だ。Vol.2では今まであまり語られることがなかった大学時代やブランメル仙台時代の裏話が満載だ。

ไอคอน 16466945 810048175800857 1247399717 nKoike Kikuchi | 2017/09/29
<จาก Vol.1 อยู่ที่นี่>

――高校卒業後に仙台大学へ進みましたよね。スパイクは何履いていたんですか?何かこだわっていたんですか?

อิโตะ 大学こそ全く何にもこだわっていなくて。それまではすごいサッカー用具にお金をかけていたけど、大学生になってお金もなかったしね。

体育大学だからサッカーの授業とかもあるんだよね。バレー部の友達とかがサッカーの授業で購買とかで買うんだよ。安いスパイクをね。授業終わったら使わないだろうからそのスパイクくれって言って(笑)

――そんな適当な感じなんですね(笑)

อิโตะ バレー部からもらったスパイクを履いててさ、だから全然何にもこだわってなかった。レガースもなかったから普通にダンボール入れてやってたりとか(笑)

――それはお金がなかったというよりは面倒くさかったからとか?

อิโตะ それもあるね、お金もないし。逆にそういうのがかっこいいとか思い始めたのかもしれない。
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――お古だろうが、何を履いてもできるよ!みたいな。

อิโตะ むしろ古いやつとか、ダンボールを入れても俺はできるんだぜみたいな(笑)

それで大学を卒業してどこからもオファーがなかったら、サッカーはすっぱり辞めるって決めてた時に困った話があったんだ。インカレの全国大会1回戦で負けたんだけど、その時点で話がなかったから、未練を断ち切る為にスパイクとかサッカー用具を全部後輩にあげたんだよ。

でも、その2~3週間後にブランメル仙台(現ベガルタ仙台)のトライアルがあるって言われたんだけど、サッカー用具が何もなくて。 スパイクもないから後輩に「1日だけ貸して」って言って貸してもらって、それでテストに行って受かったんだけど、そのスパイクを返すわけじゃん。

ブランメル仙台には受かったんだけど、初日の練習で使うスパイクがないよって思ってさ、大学の部室に行って、とりあえず汚いスパイクを持ってきたよ。プロのシステムとかも分からないから。クラブハウスにも入った事ないしね。

あとレガースもなかったから、当時住んでた大学のアパートの練習場からブランメルの練習場へ行く途中にあったトイザらスで、急遽おもちゃのレガースを買っていったよ(笑)

子供用のちょっと小さいけど、派手で変なのがあって。ブランメルでの練習初日にそのセットで行ったらマネージャーに怒られたわけじゃないけど、プロなんだからいくらでも言ってくれたら出すからって言われて。

――トイザらスで買ってプロの練習初日に臨むってハンパないですね。

อิโตะ そうそう、スタートはトイザらスだったね(笑)そこから良いものとか履きたいものとかをチームが出してくれるようになって。

――ブランメルで初めて履いたのって、その部室で拾ったのを抜くとなんですか?

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อิโตะ ミズノのモレリア!その当時はメーカーと契約している人はもちろんそのメーカーの物を履くけど、それ以外の選手は好きなメーカーをリクエストしたらもらえたんだ。

――希望を出したらもらえるんですか?

อิโตะ 俺はミズノが欲しいと言ってもらってたよ。

――今よりも恵まれてますね!今ではトップの一部の人しかもらってないじゃないですか。

อิโตะ そうだね。チームマネージャーがコネクションとかで1足とか貰ってきて、仙台の時はモレリアも履いてたし、パラメヒコも履いてたし、ディアドラも履いたな!

――その時の選択基準はどっちかと言ったら、カッコよさなんですか?履きやすさなんですか?

อิโตะ やっぱ格好だね!

――小学生の頃から変わっていないですね(笑)

อิโตะ それはあるね。未だにまずそこが1番にくるよ。

――ある意味サッカーに自信があるからじゃないですか。自信がなかったりしたら履き易いものを選ぶと思うんですよ。僕なんかはスキルが無いから典型的にそうでしたよ。

อิโตะ なんか色々と当時の記憶が蘇ってきたよ。

――なんか今だから言える話とかないですか?

อิโตะ ブランメル仙台の1月に行われた入団会見に遅刻しちゃったんだよね。その日はあり得ないぐらいの大雪で車で向かったんだけど大渋滞で全く先に進まなくてね。

そんなことも想定してだいぶ早く出てきたんだけど間に合わずに、車を乗り捨てて電車で向かったんだ。

30分くらい遅刻してしまったんだけど、当時は日焼けサロンでバイトしていたので顔黒にロン毛でチームで相当浮いていたね(笑)

――冬にガングロはやばいですね!ギャル男が来たと思われたんじゃないですか(笑)

อิโตะ JFLの新人研修もその格好で行ったから目立っていたと思うよ(笑)宇留野純が同じ新人研修に参加していたからどんなだったか聞いてみたら(笑)

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――聞いてみます。

ロン毛で日サロ焼けしていて、まるでホストの様で、なんなんだ!この人は!っていうのが、壇さんとの初対面の印象でした。強烈なインパクトだったので凄い印象に残っています。ただ、それが凄くカッコ良かったです(笑) 
by宇留野純
(元HONDA FC、ヴァンフォーレ甲府など)

อิโตะ そんなスタートだったんだけどサッカーでは順調で、ルーキーながら開幕戦にスタメン出場したりと1年目はチームの中で1番試合に出ていたんだ。

今考えると挫折も何もなく順調過ぎたね。2年目は少し怪我をして出遅れて、7月にスタメンで出る予定のホームゲームがあったんだけど寝坊してしまって。結局それで全てを失ったね。

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――それで契約満了となってしまいそこから先は札幌のアマチュアチームでプレーしていたんでしたっけ?

อิโตะ そう。でもこの時が1番精神的に大変だったね。今まではサッカーを頑張っていれば高校、大学、プロと道が切り開けていったのに今回はサッカーで躓いたから、どうしていけば良いかわからなくなってね。

当時は電話1本かけて自分から何かをお願いすることも出来なかったんだ。結局1年間、北海道リーグでプレーしていたんだ。

――アマチュアリーグでやってどう感じましたか?

อิโตะ プロは恵まれてると再確認できたよ。この1年があったからシンガポールリーグに行った時も有り難く感じたからね。いきなりブランメルからシンガポールに行ってたら「なんで俺がこんな環境でやらなきゃいけないんだ」とか不満を色々言ってたと思う。

――ある意味、この1年は大きな経験が出来た1年だったんですね。

อิโตะ そうだね。「いずれ引退したらこうなるんだ」ということがわかったよ。そこで「誰もやったことがないことをしよう」とか「自分にしかない武器が欲しい」と思ったりしたんだ。今考えるとここが分岐点だったんだ。

――たらればは無いですが、あの時に寝坊して遅刻していなかったらどんな人生を歩んでいたと思いますか?

อิโตะ その後、2年か3年くらいJリーグのどこかのカテゴリーでプレーして引退していたんじゃないかな。引退して今頃は教員をやっていたかも。大学で教員免許を取っていたからね。

Vol3へ続く    http://king-gear.com/articles/509

写真/菅優樹、伊藤壇