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多村仁志が語る プロ野球で活躍するための条件

横浜DeNA、ソフトバンク、中日の3球団で、長距離打者として活躍された多村仁志さん。第3回目は、間もなく行われるドラフト会議で指名された日の想い出や、現役時代の印象的なエピソードについてお伺いしました。

ไอคอนไอคอน Kinggearฝ่ายบรรณาธิการของ KING GEAR | 2018/02/23

 ――多村さんはドラフト当日、どのような思いで過ごされていましたか? 


多村
:プロ野球志望届を監督に提出した後、ドラフト会議当日を迎えました。 

まず同級生の紀田(彰一 現ニューヨークヤンキーススカウト)が横浜に1位で指名された後、斉藤(宣之 現東京ヤクルトスワローズスカウト)と一緒に寮で指名を待っていたことを覚えていますね。 

プロの世界に行きたかったですが、「指名される可能性は少ない」と思っていたので、平常心で過ごしていたように思います。 


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――指名された瞬間のことを覚えていますか?


 多村:当時は、テレビで中継されるのはドラフト1位の選手だけでした。4位指名だったので大々的な記者会見はなく、監督から指名報告を受けグラウンドに向かい、ドラフト指名を受けた3人で記念撮影をしたのを覚えています。 

また、横浜ベイスターズが指名してくださった背景には、「多村を獲得すべきだ」と言う、当時の球団社長の強い意向があり、ドラフト会議中にその場で指名が決まったそうです。期待していただけたことは嬉しかったですね。



――プロ入り後に驚いたことはありますか?
 

多村:あえて言うなら、グラウンドで練習させてもらえなかったことですかね(笑)。 

2軍キャンプが行われている草薙球場でプロ入り生活をスタートさせたんですが、1年目の時はグラウンドにも行かせてもらえず、グラウンドの外で基礎練習の日々。

シーズン始まってからも同様で、2軍球場がある横須賀で基礎練習しながら「育成」される日々は続き、夏の初め頃まで試合には連れて行ってもらえませんでした。   

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――他の2軍選手のプレーを見た時、どのように感じられましたか? 

多村:2軍のシートノックを見た時、「ある程度勝負できるのでは?」と思いました。ただ、パワーがある先輩が多かったので、線が細い身体を大きくしなければいけないなと言う、自分の課題も見えましたね。
 

――初めて1軍に上がった時のことは覚えていますか?

多村:プロ入り3年目の1997年、開幕メンバーとして初めて1軍を経験しました。後からお聞きした話ですが、オープン戦でも結果を出しましたが、シーズンに入る前のシートバッティングで、佐々木(主浩)さんからヒットを打ったことが、1軍入りの決め手になったそうです。 

――バッターボックスでご覧になられた佐々木さんのボールは、どのような印象でしたか?
 

多村:この時に打ったのはストレートでした。フォークを打ったらカッコよかったんですけど。初めて落差のある軌道を見れたことは、後に役立ちました。 

フォークボールはどちらかというと、速めのカーブに近い印象を受けました。ボールが一度浮いた後で、ストンと消えるんです。 

高校時代は、同世代の速球派投手はスライダーを武器にしていることが多く、フォークボール自体、あまり見たことがありませんでした。落差がある超一流のフォークボールを見て、打席で硬くなったことを覚えていますね。


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――その後、プロの世界で活躍された多村さんですが、印象に残っているシーンはありますか?
 

多村:初本塁打(1997年4月25日中日戦 前田幸長投手から)はもちろん、WBCでの本塁打(2006年)、ソフトバンク移籍後の開幕戦での2本塁打(2007年)、横浜に復帰した年の逆転サヨナラホームラン(2013年)など印象に残っているシーンはたくさんあります。 

――多村さんが2本塁打を放った2013年5月10日の巨人戦は、7点差をひっくり返しての逆転勝利でしたね。どんな想いで試合に臨まれていらっしゃいましたか?
 

多村:この時期は、出場機会が限られていて、悔しい想いを抱えながらプレーしていました。

なので、一軍復帰戦での1本目の代打本塁打は、ベンチにいるメンバーに「本塁打を打ってくる!」と宣言してから打席に入りました。

試合の状況も大差で負けている状況でもあったので、この時は無表情でベースを回っていると思います。

 2本目のサヨナラ本塁打は、西村健太朗投手(巨人)のシュート系のボールでしたかね。 ベイスターズに復帰した時、球団から「諦めない気持ちをチームに植え付けて欲しい」と言われていたので、それをプレーで見せることができた点はよかったと思います。

  
――プロで活躍する選手になるために、一番必要なものは何でしょうか?
 

多村:僕が言うのも矛盾しているかもしれませんが、「怪我に強く、強い身体を持った選手」ですね。 

いろいろな人に聞きましたが、戦力として計算しやすい選手は、チームとしても魅力です。このような選手は、継続的に試合にも出られて、技術を磨きやすい環境に身を置けるのではないかと思います。 

あとは強いメンタルと意識でしょうね。「自分がこうなりたい」と言う目標を持って練習に取り組めるかどうかが、最終的に結果の違いを生むのではないでしょうか。            

――現在は解説者として活躍されている多村さんですが、「また多村さんのユニフォーム姿が見たい」と思われているファンの方もいらっしゃると思います。将来的にグラウンドに戻られるお気持ちはありますか?
 

多村:最近は現役時代にできなかった、家族との思い出作りを大切にしています。 なので、自分の気持ちだけでは決められないことではありますが、個人的に、グラウンドに戻るのは、まだ先だと思っています。 今は解説者として色々なことを勉強し、もっと自分の引き出しを増やしていきたいと思いで毎日を過ごしています。

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多村仁志さんプロフィール 

神奈川県厚木市出身。横浜高校卒業後の1994年、ドラフト4位で横浜ベイスターズに入団。2004年には、球団史上初となる3割40本100打点を達成。2006年にはワールド・ベースボール・クラシック第1回大会にも出場し、ホームランと打点の日本代表チーム2冠の活躍で初代優勝に貢献した。
 2007年には福岡ソフトバンクホークスにトレード移籍。その後、横浜DeNAベイスターズ、中日ドラゴンズ育成選手を経て、2016年に引退。現在は野球解説者として、MLBのみならずMLBの試合の解説も務める。

写真/戸嶋ルミ